かような公的いじめが終わると、わたしたち全員の手に染しみひとつない白く輝かがやく卒業証書が収まっていました。
十年以上の時間をそこで過ごし、様々なことを学び、いろいろなことを体験したのは、この一枚の紙切れをもらうためでした。しかし証書の羽根のような軽さと似て、なんとも呆あつ気けなく終わってしまったという印象です。
わたしたちは萎しおれた生花を記念品としてもらった写真集に挟んで押し花にしました。写真も今では庶しよ民みんのものではなくなっています。ぱらぱらとめくれば当時をいくらでも呼び起こせるというのに、この時、早くも思い出は儚はかなさを帯びはじめています。
物もの寂さびしさは、そのまま講堂で開催されたお別れ会で、弾はじけました。
語りきれないからこそ混こん沌とんなのであり、そのことに逆らう気もない記録者といたしましては、構成要素のみの記載にとどめさせていただきたいと思います。
それは主に、以下のようなもので成り立っていました。
運びこまれる見たこともないごちそう・床を転がる色とりどりのフルーツ・誰だれかのお手製らしき連装クラッカー・弾け飛ぶシャンパンのコルク・即興のピアノ演奏・声を張り上げて叫ぶ卒業生・泣く卒業生・笑う卒業生・空から回まわりしすぎてキャラが上うわ滑すべりしてしまった恥ずかしい卒業生(わたしです)・十分ほどしてトイレから戻ってきた友人Yの赤く腫はれた目め尻じり・酒を酌くみ交わす年配のゲスト・左右から酒をつがれ休まず飲まされる男子卒業生・ジャズトランペットの掠かすれる音ね色いろ・泣きながらわたしの手を取ってくる見知らぬおばあさま・不ふ揃ぞろいの合唱・老人たちも卒業生もいっしょくたに流す涙・深夜十二時を告げて重なる長針と短針──
学がく舎しやとは、人類最後の教育機関でした。
かつての大学、かつての文化協会、かつての民間団体……それらの統合機関として学舎が生まれたのは、もう百年以上も昔の話だそうです。
そういった教育機関の併合は、人口の加速度的な減少にともない、世界各地で見られた光景でした。
人口が減れば子供も減ります。
生徒数が不足するようになりました。
そこで他の教育機関と併合し、学区や分野を拡大する……という流れが多発するようになりました。
あとは坂道です。
五十年前の段階ですでに、学校のある街に世界中から子供が集まって、寄宿舎暮らしをしながら教育を受けるのは当たり前の光景となっていました。
わたしたち十二名の卒業をもって、人類最後の教育機関と言われた学がく舎しやも閉校を迎えました。
これから教育とは、親から子に受け継がれるものに回帰していくのでしょう。
そして今、わたしは故郷への道程をお尻しりを痛めながら辿たどっています。
行く手に大きな影が立ちふさがりました。
クスノキの大木。この木には幼心にも焼きついていて、見覚えがありました。
《里》と外界を分けている、目印のような木なのです。
繁はん茂もする野草の中に、思い出したように民家の廃はい墟きよが点在するばかりのこの一帯では、ひときわ目立つ存在です。
里からクスノキまで、子供の足で約三時間の道程。里の子供たちは皆、遠出の目標としてこの木を目指したのです。
このトレーラーなら、うまくすればあと二時間といったところでしょうか。
荷物に背を預け、体から力を抜きました。
里では新しい暮らしが待っています。
卒業と同時に里での就職を決めたわたしは、自ら進んでその過か酷こくな道に身を投じることを決意しました。
学舎で十年間以上学び続けることで得た、文化人類学をはじめとする様々な知識と技術を活用すべき時が来たのです。ひとりの学究の徒としてはまだまだ未熟なわたしです。その困難な道程は若い力を否いや応おうもなく必要とするのであり、妥だ協きようも譲じよう歩ほも諦てい念ねんも怠たい惰だも許さず、潔けつ癖ぺきなまでの探求心がなければとうてい頂きに手をかけることは望めないはずなのです。しかしわたしには、若き研究者としての自らをまっとうしたいという野望があります。若さもあります。実現するためのチャンスも手にしています。もはや邁まい進しんすることだけが、わたしが選択する唯一の道だとさえ思えます。
でも楽に野望を実現できるに越したことはないんですけど。
横道に入った途と端たん、伝わってくる振動がぴたりと止まります。
クスノキの里に入ったのでしょう。さすがに人の住んでいる土地は、地面がならされています。
「う?ん?」
濡ぬれタオルで目を覆おおい、木箱の隙すき間まに無理やり寝ていたわたしは、揺れの程度だけでそれを悟さとりました。
かえって体力を浪費してしまったようで、身を起こす気力も目を開く余力も湧わいてきません。
手探りで荷台のへりを探し、腕の力を使って上体を起こします。
「う???ん???」
尺しやく取とり虫むしのようにくねりながら、ようやくへりにすがりつく姿勢になると、そこで喘あえぐように息を吐き出します。すでに揺れすぎて胃がひっくり返っており、酸すっぱいものが常に喉のど元もとまでせり上がってきております。
懸けん垂すいの要領で顔を持ち上げ、あごだけをへりに乗せて、ようやく目を開きました。
トレーラーはちょうど民家の合間を縫ぬうようにして進んでいるところでした。
手を伸ばせば届く距きよ離りにもう民家の柵さくが見えます。里の住宅街を貫くメインストリートも、この巨体が通るにはいささか狭いようです。
ああ、いよいよ恋しい地面と再会する時が近づいている。
いくぶん気力を回復させ、視線を巡らせて周辺を確かめました。
状態の良い民家が寄り添うようにして建っていて、後付けされたブリキの煙突のいくつかが、もうもうと煙を吐き出しています。調理中なのでしょう。
人の入っている家は、だいたいペンキで色鮮やかなパステル調に塗られているのですぐにわかります。いくら状態が良いとはいえ、築数百年という老ろう朽きゆう物件も多く。塗装なしではとてもではありませんが、酸性雨に侵しん蝕しよくされた外壁は見られたものではないのです。
こうしたパステル・ハウスは今の時代、人々にとって原風景とも言うべき文化になっています。
眼前に広がる風景が、連れん鎖さ的てきに蘇そ生せいしていく幼少の記き憶おくと、面おも白しろいように一致していきます。
里で唯一、ピンク色に塗りたくられた民家。
絵本やゲーム目当てに通い詰めていた公民館。
ふんわりとした乳白色の家は、お菓子づくりが趣しゆ味みのおばあさんが住んでいて、子供が材料を持って訪ねていくといろいろと作ってくれるのです。
ていねいな運転で進むトレーラーが向かう先は、広場です。
広場は建物のいくつかを潰つぶして作った円形の更さら地ちです。そちらに目線を転じると、大勢の人がすでに待機しているのが見えました。
「わあ」
途端に恥ずかしくなり、首を引っこめます。
昔の知り合いと再会することに、異様な羞しゆう恥ちを感じていました。ただでさえ、大勢の前で話すのは大の苦手です。個別に、できたら個別にご挨あい拶さつをすませたい……。しかしキャラバンは人々の注目を浴び続け、里の広場まで巨体を進めて停車してしまいます。
荷下ろしをするであろう後部ステップから見えない場所を求め、木箱と側面へりが作るスペースに身を滑すべらせます。この場所はグッド。体育座りをして頭を低めれば、わたしの姿は隠れるはず。ほとぼりが冷めるまで、ここにいることに決定です。
しかし世の中それほど甘くないようで。キュコキュコというクランクを回す金属音とともに、思わせぶりに側面へりが下がっていったのです。ちょうど視線を遮さえぎるために潜ひそんでいた部分。物資を受け取るため集まっていた民衆の視線は、体育座りで登場したわたしにいっせいに突き刺さりました。
最前列で待っていたオジサンの口から、パイプがぽろりと落下します。
このトレーラーは後方だけではなく側面も開くタイプのものだったようです。
見覚えがある顔の中年女性が、訝いぶかしげに唸うなります。こちらが向こうを記き憶おくしているように、向こうもこちらを──
「あんた確か?」
わたしは膝ひざ頭がしらに、静かに顔を伏せました。
広場で思うがままに恥をかいたわたしは、摩ま耗もうしきった身心を引きずるようにして自宅のドアに手をかけました。
「ただいま戻りました……おじいさん?」
薄うす暗ぐらい家の奥から、記憶と変わりない白衣姿の祖父が猟りよう銃じゆうを手に出てきました。ずかずかと歩いてくる様子に老いは感じられず、内心ほっと安あん堵どです。
「おお、やっと戻ったのか」
老人にしては大柄な祖父は、女としてはかなり高い位置にあるわたしの頭に手を置きました。
「ふむ、縦方向に育っとる」
「……年月が経たちましたから」
ちなみにこの数年で、背丈はつくしのように伸びました。もうこれ以上はちょっと困るくらいに……。
「血色も良し。人にん参じんは?」
「……嫌いなままです」
祖父はふんと鼻を鳴らし、
「なんだ、中身は成長はしとらんのか?」
「してると思います……たぶん」
「ま、入りなさい。ちょうど食事にしようと思っていてな」
「え? これから狩りを?」
手にした猟銃を見て尋ねます。
「こんな遅くから行くわけがなかろう。これはちょっと改造して攻こう撃げき力りよくを上げていただけだ」
祖父は銃が好きです。
「キャラバンに同乗して来たのかね?」
「はい」
トラブルについては語らずにおきます。
「ああ、それとおじいさん。聞いていると思いますけど、わたしもおじいさんと同じ調ちよう停てい官かんをすることになってですね……」
「うまいクレソンがあるぞ。フライにもパンにもよく合う」
成長を訴えるわたしの声は、祖父の耳を無む慈じ悲ひに通過していきました。
野菜と干し肉のスープ、揚げ魚・野菜・ピクルスといった各種の具材、それらを挟むための切れ目入り丸パンを入れたバスケットが、食卓に並んでいます。
すべて祖父が用意したものです。
祖父は長年ひとり暮らしをしているので、料理は達者なのです。
丸焼きだとか薫くん製せい肉にくだとかの大味な料理を好むのですが、ときおり、繊せん細さいな味わいのスープを作ってくれます。ン年ぶりの懐なつかしい匂におい。
ピクルス多めの、自分好みのサンドイッチをせっせと組み立てながら、対トイ面メンに座った祖父と話します。
「そうか、学校制度もとうとう終わりか」
「ええ、お別れ会に関係者の方がたくさん来てくれて……びっくりしました」
「そんなもんだ。うちのところも畳たたむ時は関係各位が集まって……なんだ、店を開く癖くせは直らずじまいか?」
わたしの前に組み立てたサンドイッチが五つ並んでいます。
「食べながら作るのは落ち着かないので……いけませんか?」
「いや、構わないがね」
こういうのを作りだすと、つい夢中になってしまうのです。
友人は内職癖へき、家族は開店癖、と呼ぶ、わたしの手癖です。
「そんな食えるのかね?」
「いえ、無理です。さすがに」
悪びれずに言います。
「アホ」
祖父の手がふたつを強奪していきます。
「丈は伸びたが、相変わらず弱々しい生きもののままだな」
「文明人と言ってください」
「元だ、元。文明なんてもうほとんど残っとらん」
「そういえば太陽光発電のトレーラーってはじめて乗りました」
「あれな。速度も馬力もないし、壊こわれたらもう直せんだろうな」
「幸い、止まらずに戻ってこれました」
「キャラバンの連中はいい玩具おもちやをたくさん持ってる。おまえもあっちに就職したら良かったんだ。楽しそうだ」
「あ、いえ……肉体労働は無理ですし」
祖父は思い出したように表情を改めます。
「本当にうちで働くのかね? べつに無理に継がなくてもいい仕事だが」
「そのつもりです。せっかく学位まで取ったわけですし、事務所だって維持してるじゃないですか。そういう、公式に認められた居場所があるのはいいと思うんですよ」
「物好きなやつだな。よりによって調ちよう停てい官かんとは」
「わたし向きの仕事だと思うんですよ」
「ほう、理由は?」
「……畑仕事より楽かなーと」
久方ぶりの団らんに、ついつい本音が炸さく裂れつしました。
「そんな理由でか……?」
さすがに祖父が呆あきれた声で言います。
きりりとした目線を向けて朗々と告げてやります。
「わたしの身体からだが弱いことはおじいさんもご存じでしょう?」
「いや、おまえは今楽をしたいからと言ったぞ」
……言いましたっけ?
「いや、こんな時代ですから、農学や畜産の実習が基礎教育課程に含まれるわけですが……あれはたいへん辛つろうございました。そこに行くと、調停官は老人にもまっとうできる仕事なわけですから肉体的にはなんら問題なかろうと」
肉親相手だとまったく緊きん張ちようしないで話せます。
「……孫娘が変な性格になって戻ってきた」
「んま」
「だいたいおまえは身体が弱いのではなく、単に気力に乏とぼしいだけだ」
「はあ」
「楽ばかりしてると、年としを取ってからふんばりがきかなくなるぞ」
「はあ」
「……まあひと月も過ぎてそう思っていられるなら大物だな」
「きつい仕事なんでしょうか?」
もちろん調停官の資格を取る際、わたしはこれらの仕事について下調べを行いました。結果として、自活するための農作業その他の労働に比べ、とても楽な内容であることを突きとめたのですが……実態は違ったりするのでしょうか?
そんな疑問に、祖父は一言で応じます。
「人による」
首をかしげます。はて、そんな過か酷こくな労働項目があったでしょうか?
「まあ一度?彼ら?に振り回されてみるんだな、だめ孫よ」
「ひどいおっしゃりよう」
「まあとりあえずだ。明日は事務所まで来なさい。おまえのための場所を作らんとな」
そういうことになりました。
十ン年ぶりの朝を迎えると、すでに八時。
「いけない……!」
惰だ眠みんもいいところです。旅の疲れが蓄積していたに違いありません。というか、疲れないはずがないのです、ええい。
慌あわてて部屋を飛び出し、キッチンの様子をうかがいます。
祖父が朝食を採とっていました。
「なんだ、騒そう々ぞうしい」
「あ……おはよう、ございます……」
「うむ、おはよう」
と食事を続けます。平然と。
これはおかしい。異なことでした。わたしは言葉を失い、何かの間違いが発見されるのではないかといった不安とともに、しばし立ち尽くしました。
「……何しとる」
「え、だって……」
早くに両親を亡くしたわたしは、幼い頃ころから祖父と暮らしてきました。祖父の教育方針はスパルタ式。寝坊して朝食に遅れようものなら、いつも脳天に拳げん固こが落ちてきたものです。それがないとは、どういうことでしょうか? 忘れてしまったのでしょうか? 午後六時という門限を破っても、言いつけられた家事をひとつ忘れても、欠かさず拳こぶしをもらいました。忘れるだなんてことが、あるのかどうか……。
「私はそろそろ出るぞ。おまえはどうするんだ? 今日は事務所に顔出しをするのではなかったのか?」
「あ、はい……そのつもりです」
わたしの席には、すでに食事が用意されていました。この風景も久方ぶりです。ありがたくいただくことにします。
「で、どうするね? 一いつ緒しよに出るのか。それとも今日は休むか?」
「や、休んでしまっても良いのでしょうか?」
それはスパルタでは許されないことなのでは?
当然といった顔で、こう返されます。
「べつに昨日の今日で慌あわてて働かずとも良いだろう。意志が弱いことは昨夜聞いたしな。顔色も良くない。まあ荷台に座って長時間揺られてくれば、体調が崩れるのも当然だ。聞けばおまえは三角に座ったまままるで荷物のように微動だにしなかったそうだが──」
いやーん、と叫びたくなります。
さすがは交易ルートのはじっこに位置するド田舎いなか、クスノキの里。個人が気軽に使える通信器機もない時代だというのに、情報はアナログ方式(風のうわさ)の分ぶん際ざいで一いつ瞬しゆんで伝でん播ぱしてしまったのです。
「たたた体調はへへへ平気なんですが……」ここで動揺を鎮ちん圧あつし「病弱なんですよ、深しん窓そうで薄はつ幸こうで失意の令れい嬢じようなんです。だから今日は重役出勤をします」
言い切ってやりましたよ。
「…………」
いけない、可か哀わい想そうな人を見る目で見られている。
「……な、何か問題でも?」
「いや。シンソウでハッコウのゴレイジョウのために、窓まど際ぎわで落おち葉ばでも数える仕事があるといいんだがな」
「ありませんか」
「探しておこう」
「でも、サナトリウム文学みたいでいいでしょう?」
「確かに外がい見けんだけなら、そんな感じがないこともないな」
わたしはまさに、そういう外見をしております。
人見知りする性格がさらなる拍車を掛け、わたしという存在は?寡か黙もくで清せい楚そなご令嬢?なるニッチを完全で埋うめてしまったほどです。今どきの子供はわりとたくましいですから、わたしが得た生態的地位は不動のものでした。
もっとも親しくなるとさすがに本性はばれてしまうようで、辛しん辣らつな友人Yなどは臆おく面めんもなく「歩く詐さ欺ぎ」という評価をわたしに下したものです。
「まあ構わないがな」茶を飲み干しながら祖父が言います。「私はもう出る。おまえはあとから、来ることができそうだったらきなさい」
「はい、じゃあそうします」
「場所はまだ覚えているな?」
「ええと、あのホットケーキのような形の建物ですよね……?」
「そうだ。今日は昼まではそこにいるから、来る気があるのならそれまでに来るといい。食器は水につけておいてくれ」
さっと白衣をひっかけ、さっさと出て行ってしまいます。
取り残されたようなわたしは、ぽかんと呆あつ気けに取られてしまいました。
結局、寝坊の体たい罰ばつはありませんでした。
幼少期、無む賞しよう必ひつ罰ばつ(功績は一切誉ほめず、罪悪は必ず罰する悪あしき教育方針)の精神で飼育されてきたわたしとしては、なんとも落ち着かないものがあります。
実に容よう赦しやのない祖父でした。
それがどうでしょう、このゆるさと来たら!
決して体罰を受けたいわけではないのですが……。
なんともスッキリしない気分のまま、朝食を終えます。
「さて、どうしましょうか」
慌あわてて出所するのも躊躇ためらわれます。胸元のもやもやを呑のみこんでしまえるまで、なんとなくワンクッションを置きたい気分。
とりあえず張った水に食器をつけて、狭い家の中を探検してみることにしました。
懐なつかしい我が家。
同じなようでいて、壁の染しみや装飾など、細かく記き憶おくと違ってきている我が家。
過去と現在を照らしあわせる、楽しいひととき。
あぜ道をぬって歩くこと十五分。
この円形闘とう技ぎ場じようめいた形をした大きな建物は、クスノキ総合文化センターです。
国連調停理事会という組織に所属する祖父は、このホットケーキを何枚も重ねたように見える建物で、趣しゆ味みや趣味や趣味や執務に取り組んでいます。三・三・三・一くらいの分配で。
遠い異国にあるコロセウム同様、上部が一部倒とう壊かいして欠けておりますが、お気になさらず。
これでも傷いたみの少ないということで手て頃ごろに再利用されている、レアな大型建築物なのです。
文化センターというのは建物に元からあった正式名称ですね。
きっと地域住民に対し、文化を啓けい蒙もうする目的で使用されていたに違いなく。
その広さと部屋数の多さから、今では事務所棟として利用されております。大学のラボやら研究施設やら事業所やら宗教法人やら倉庫やらなんやらかんやら。実に様々な用途に利用されて参りました。と申しましても、すし詰めになっていたのも五十年以上前のことだそうですが。
現在はほとんどが空き部屋か、代表者がいなくなってそのまま放置された状態で、このあたりの子供にとって良い遊び場所となっていました。
「お邪じや魔ましまぁす」
ガラスもとうになくなり、すでに貧しげな板張りとなっているドアを開けて中に入ります。薄うす暗ぐらいホールには全体的に乾いた汚れが張りついているばかりか、なぜか靴が片方だけ転がっていて、いかにも閑かん散さんとした印象を受けます。
当然、受付も無人ですね。
竹とんぼの残像のような螺ら旋せん階段をのぼり、祖父のいる三階事務所を目指します。
国連とは申しますが、わたしが来るまで地域職員となると祖父ひとりだけでした。
もし祖父に何かあれば、国連の担当官は不在になってしまうところだったのです。昨今そんな経緯で閉へい鎖さされる施設は後を絶ちません。
さすが衰退期。
なかなか細かいところまで手が回らず、いい加減です。
「あ、ここ……」
《国連調停理事会》と札のかかった部屋を見つけてノックしました。
……反応がありません。
「ごめんくださーい」
もう一度だけノックをしてみますが、応答もなく。
どうやら人の気配そのものがないようです。
ため息をつき、そっとノブ回しました。悪いことをしているわけではないのに、少しドキドキします。
「……おじいさん? って、うわあ……」
入ってみてビックリ。
壁の一面に、様々な銃が飾られていました。
あからさまに私物です。
それに気のせいか、火薬の臭においが部屋全体に染しみついているような気がします。さすがに、まさかそこまでは、ねえ……? どうなんでしょうか?
その豪気に物ぶつ騒そうな備品群をのぞけば、とりあえずはまっとうな事務室です。
リノリウムが?はがれた濃い灰色の床、適当に配置された事務机三つ、片隅にあるパーティションで区切られた小さなスペースには応接用のソファセット一式。
使用感のある机はひとつだけで、これは恐らく祖父が用いているものでしょう。書類が堆うずたかく積まれ、カップやらペン立てやらメモやらがカオスな具合に散らばっているのでわかります。
もうひとつの机もよく見たら使用感があります。こちらは妙にこざっぱりとしていて、卓上には数冊の文庫本とペンくらいしかなく、誰だれかが使ってはいるのでしょうけどまともに仕事をしている様子はなさそうでした。あるいは祖父が、このふたつをひとりで独占しているのかもしれません。
残るひとつはまっさら。使用した痕こん跡せきのない机。
まあ、わたしの領土なのでしょう。
「すごいホコリ……」
初日の仕事は机の掃除になりそうです。
それでも農作業に比べればずっと楽な仕事なのですから、文句など何ひとつございませんです、ハイ。
ちなみに応接スペースのソファセットは、夜間の主要な光源であるオイルランプ置き場となっており、あからさまに来客のなさを示しております。
とりあえず椅い子すに腰掛けて、途方に暮れてみたりします。
「さ、どうしようかな、ふうむ」
よく見ると事務所の奥に、隣りん接せつする部屋へのドアがあります。気付いた瞬しゆん間かん、ドアが開いて祖父が出てきました。
「お、来たか」
「どうも」
「今座ってるそれ、おまえの席な」
と予想通りにあごで示します。
「はい、いただきます」
「任官おめでとう」
にっと笑って、祖父は言いました。
「は、ありがとうございます」
「茶でも淹いれてやろう。ああ、ここの水道は使える時があるが、屋上の雨水プールからのもので飲めないからな。自分の飲む分だけ真ま水みず持参がここのルールだ」
「ルールといってもおじいさんひとりだけですよね」
「おまえを入れたら三人だ」
と言い残し、元いた部屋に戻ります。どうやら向こうが給湯室の模様。
「ほれ」
「いただきます」戻ってきた祖父から茶を受け取り、「ふたり、では?」
「ん? 奥おく月づきからは知らされていないのか?」
奥月さんというのは、国連の職員さんです。
学がく舎しやのOGで、わたしの進路相談に乗ってくれた方です。残念ながら手紙でのやりとりがあるだけで、面識はありません。
「何をです?」
「助手だ」
「え、わたし新任なのにいきなり助手がつくのですか?」
「アホか。私の助手だ」
「あー」
わりと衝しよう撃げき的てきなご発言。
「いましたかー、第三者」
計画のくるいとしては、最大限の部類でした。
「知っているものだとばかり思ってたが、おまえまだあれか、あがり症持ちか?」
「あがり症というわけではないんですが……ええと、お尋ねします。その助手の方は年配のご婦人とかですよね?」
「いや、若い男だ」
「あー……」
憂ゆう鬱うつの原液をどばどばと注がれて、声のトーンが落ちていきます。
「学がく舎しやは共学だったろうが。何をそんなに怯おびえる」
「……この超少子化社会ですよ。その最後の学級だったんですから。年としが近い異性などおりませんでした。一番近くて四つ下……まあその子たちとも馴な染じむのに数年かけましたけど」
「安心しろ。寡か黙もくで人畜無害なヤツだ」
「いや、そういう心配ともいささかベクトルが違っておりましてね?」
「どうしても難しいなら別室を使うかね?」
とあちら側を指さします。
「手狭だが、ひとり過ごすくらいのスペースはあるが」
「……いや、そこまで特別扱いされるのも、ちょっと……」
「気難しい孫だな。そこまで苦手か?」
「やーそのー、苦手というわけではないんですが、ちょっと不得手で」はあ、と体内の空気を入れ換え、?ほおを軽く叩たたいてみました。「わかりました、これも気楽な事務稼か業ぎようの代だい価かということで、職場でも深しん窓そうのご令れい嬢じよう戦略を維持していきます」
「その戦略にはどういう意味があるんだね?」
「無口な人として認識されるので、あまり話しかけられなくなります」
「つまらん人生だ……」
「ほっといてください。で、その方、今はいらっしゃらないようですが?」
「ああ、キャラバンと一いつ緒しよに医者が来てただろう。検査に行っている」
「お体が悪くていらっしゃる?」
「そうだな。あれこそ本当の病弱というものだ。病院に火を入れる関係で、しばらくこのあたりは節電だぞ」
今や電気は諸方に平等に行き渡るものではないのです。
「検査入院という形になるそうだから、しばらく戻ってはこない。今のうちに巣作りをすませて、精神的な安息の地でも作っておくんだな」
「人を小動物か鳥類のように……」
「ほう。なら机の位置はそこでいいのか? おまえと彼の机は向かいあっているから、そのままだと毎日対面することになるぞ」
ノー。慌あわてて居心地の良い机の位置を模索しはじめます。
理想は誰だれからの視線も届かず、こちらから一方的に監視できるポジションです。学がく舎しやでは背の高さからいつだって最後列で気が楽だったのですが。
ああ、あそこ、いいなあ……。
応接スペースを見ながらしみじみ思います。
「おじいさん、あの仕切りの内側……」
「そこはダメだ。応接室だ。たまに客が来たりもするんだ」
「だってランプ置き場になってるじゃないですか」
「客が来たらランプをどかせばいい。とにかく応接室はいかん。さびれた事務所には、ああいった間仕切りで仕切られた狭い応接室がある方が雰ふん囲い気きが出るんだ」
「また変な理屈を……」
祖父は趣しゆ味みの人です。
「そうだな。書類やら何やらは、私から引き継ぐまでおまえにやってもらうことはないからな。今日はゆっくり巣作り場所について考えるといい」
「……はい」
「もしその気があるのだったら、今のうちに?彼ら?に新任の挨あい拶さつに行ってみるか?」
「あ、それはしないといけないのですよね?」
「いや、せんでもいい」
わたしは目を丸くします。
「なぜです?」
「そのあたりは担当者の裁量次第だからな。必要ないとおまえが判断するのなら、それでいい。自由だ」
自由!
でもそれって、職務的に問題ありなのでは?
そんな疑問を察知したのか予測していたのか、淀よどみなく祖父は言葉を継ぎます。